【言葉に翻弄されない境地】

人々(衆生)は、自分では言葉を使いこなしていると思い込んでいる。 しかし実際にはほとんどの場合言葉に翻弄され、支配されている。

 『このように感じる』
 『このように思う』
 『このように考える』
 『これが好きだ(嫌いだ)』

これらのような言葉を思い浮かべて、それを口にした。 もうそれだけで、かれ(彼女)が言葉に支配されているのは明らかである。 なんとなれば、もろもろの道の人はそのような言葉を口にすることはないからである。

そんな馬鹿な!と思う人は、たとえば釈尊の経典や慧能の六祖壇教を紐解いてみるがよい。 そのような言葉は、どこを探しても見つからない筈である。 もちろん、文章の流れから言語表現として敢えてそれに近い言葉を発することはあるだろう。 しかし、そのような場合でもその根底にあるものは言葉の呪縛と支配とを完全に脱却したすがたなのである。