【しあわせなひと】

この世には絶対的な幸福があるのでは無い、と知る人は語る。 しかしながら、この世には ”しあわせなひと” と称すべき人が確かに存在している。

人は、自分が何かになればしあわせになれると考え、何かになろうとするが、たとえかれがそのようになったとしてもそれによってかれがしあわせになるということはない。 また人は、自分が何かを為し遂げれば、それによってしあわせが得られると考え、そのように考えた何かを為そうとするが、たとえかれがそれを為し遂げようともそれによってはしあわせは得られない。 その一方で、特定の何かになろうなどと思わず、何かを為し遂げようなどと思わない人は、実にそのようでありながら為すべきことを為し遂げ、ついに一切の執著を離れ得て<しあわせなひと>と呼ばれることになる。

 <しあわせなひと>は、世の一切の苦悩から解脱しており、取り上げらるべきものが無く、取り上げられることもない。
 <しあわせなひと>は、他者に何かをけしかけることがなく、また何かに駆り立てられることもない。
 <しあわせなひと>は、争わず、また他の人々の争いを見ることもない。
 <しあわせなひと>は、迷うことがなく、他の人を迷わせることもない。
 <しあわせなひと>は、誰かに影響を与えることがなく、また他者の影響を受けることもない。
 <しあわせなひと>の存在は、世間においてそれを知ることは極めて困難であるが、世に確かに存在し、輝いているのである。 眼ある人は、そのしあわせな姿を見るであろう。

そのひとは過去のことを後悔して思い煩うことが無く、現在について一切の悲苦憂悩を滅し、未来についても不吉なことが無い。 それゆえに、かれは<しあわせなひと>だと知られ、<しあわせなひと>と称されるのである。