孤独

 修行者が孤独であるべき――孤独の境地に励むべき――であると言うのは、修行はすべて自分自身のことがらであり他者との関わりに よって修行が進むなどということがまったく無いというほどの意。したがって、修行者が孤独であるべきというのは世人が孤独であることとは意味合いが違う。 ところで、もちろん覚りの機縁は他者との縁によるものであるが、これは世間の人の関わりとは違うものとなる。すなわち、修行者は孤独であってはならず世間 の人々と一定の関わりを持つべきである。しかし、そのようでありながら修行者は孤独の境地に励むべきであると説かれるのである。

 また、ブッダの孤独と言うのは、ブッダが孤独であるという意味では無い。これは、「もし世界に自分一人だけしか存在していないとするならば、たとえ衆生であっても一切の苦悩は終滅する(苦悩がそもそも 生起しない)」ことと同義のことがらとしてのことである。この意味においてブッダは孤独であり、しかしそれゆえに一切の苦悩から解脱していると知られるのであ る。