根本の戒め

好きが嫌いに転じることも、尊敬が軽蔑に転じることも、別に恐れる必要はない。それよりも怖いのは、好きが高じることであり、尊敬が奉じることに繋がることである。

執着するものがあっても、心構え正しく、執著(我執および愛執)を起こすことがないならば、その執着は覚りの道の糧ともなる。上手にやろうとする者が、結 局は道を見失う。あらゆる戒律は上手に振る舞うためにあるのではなく、むしろ自由闊達に自信を持って修行するために存在している。修行者は、恐る恐るでは なく、伸び伸びと修行に励め。そうであってこそ、その修行はついに完成を見る。