【努力の結び】

人は、世間においてさまざまに知られ種々に称されるいかなる努力を為したとしても、そのことによって直接に、あるいは間接に、さらには超越的にさえも覚りの境地に至るということはない。 しかしながら、人は努力ということ無しに覚りの境地に至ることもまたあり得ないのである。

なぜならば、人が覚りの境地に近づき、そこについに至って住するのは、覚りの境地に至ることを目指す正しい熱望にもとづいて起こる『正しい努力の結び』によっているからである。

この『正しい努力の結び』とは終局のあるものであり、それゆえに〈正しい努力の結び〉と名づけられる。 それは結びであるゆえに、一度目的を達すればさらなる努力を要しないものである。

したがって、もしもある人の努力がいわゆる努力を要するものであって、努力が努力を呼び、努力の終わりが結びに至ることがなく、果てしのないものであるならば、それはあり得べき正しい努力では無いのだと知られることになる

人が、覚りの境地に至ることを目指して努力するのであるならば、その努力はこのように為されなければならない。 こころある人は、結びのある努力を為し、しかも努力ということ為しにそれを為し遂げて、正しい努力の結びに至れかし。