【より凝縮された別称】

先に名づけた”デビル”の別称、”ぶらさげてひっかける”をさらに凝縮した別称を考えるならば、次のような別称になるでしょう。

 ”ぶらさげる”

”デビル”を解く操作において、”ひっかける”ためには”ぶらさげ”なければなりません。 また、”ぶらさげる”のは”ひっかけるため”です。 すなわち、これらは”デビル”を解く一連の操作の二つの側面です。 ですから、これらを一つに凝縮した名前をつけることができるのです。 したがって、凝縮した別称としてはどちらでも良いのですが、敢えてどちらかを選ぶとするならば”ぶらさげる”という別称がよいと思います。 なぜならば、”ぶらさげる”という主体があって初めて”ひっかける”という作用を生じるからです。


[智慧と禅定]
”デビル”のより凝縮された別称として”ぶらさげる”という名前が成立するように、智慧と禅定は覚りの境地の二つの側面です。 すなわち、智慧を生じて禅定があり、禅定があって智慧が生じるからです。 もし、これらを敢えて一つの言葉に凝縮(集約)するとするならば、”禅定”を選択するのがよいと思います。 なお、このことについて、禅の六祖慧能は次のように述べています。

○ 禅と智慧は一体であって二つではない。 禅は智慧の主体であり、智慧は禅の作用である。(六祖壇教)